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織り物って、奥が深い

織り物と編み物。。。いったい人間の歴史において、どちらの技法が古いのでしょう?そんなことを考えられたことはありませんか?

実は『織り物』も『編み物』も、人類の登場と共に歴史に登場しているのです。どちらも、動物や植物から繊維をとって糸にし、編んだり織ったりして、衣服として身につけたり、敷物にしたりと、生活のさまざまな場面で人間に関わってきたものなのです。

そして、織りの技法や形は、地域の気候風土、人間の生活環境によって、大きく違ってきました。たとえば、アイルランドやフィンランドのようにすっごく寒い土地では、長い冬を過ごすために、昔から、軽くて氷や雪をはじく軽い羊毛でセーターを作り、太くつむいだ羊毛で毛足の長いマットを織っています。
一方、インドやインドネシアのような暑い国では、麻や綿のように汗などの水分を早く発散しやすい素材を使い、通気性の良い織り方の布で作った衣服を身にまとっていたのです。

またこれら、気候の違いに加えて、文化の違いが加わり、さまざまに変化・発展してきました。さらに織りの用途が時代と共に広がって、急速な機械化の中で、手織りは自己表現の手段となってきたんです。
そんな織りの歴史の中で、日本では、山形の米沢織り、新潟の越後上布、京都の西陣織、博多の博多織、奄美大島の本場大島紬など、古くから、その土地に根付いて大きな特徴を持つ有名な織りが、全国いたるところにあります。これらの織り物は、土地の権力者の保護を受け、特産品として生産を奨励したことから発展し、今日まで受け継がれてきました。

でも、一方では、伝承者がなく、すっかり影を潜めてしまったものもあります。また、いったんすたれてしまったものが、熱心な研究によってよみがえった例もありますし、さらに、岩手のホームスパン、北海道の優佳良(ゆうから)織りなど、近年になって新しく加わった織り物もあるんですね。

江戸時代の中ごろまでは、織り機は地機(じばた)が盛んに使われていたんです。この地機、5世紀ごろ中国から伝来したもので、踏み木がないか、あっても短いタイプのもので、操作するためには熟練が求められ、労力も大きく、効率も悪かったので、高機(たかばた)にとって変わられたのです。
高機は、足で踏む踏み木があり、椅子に腰掛けた状態で織ることができます。鶴の恩返しの物語でイメージされる、あの織り機ですね。これは、姿勢が安定して効率が良く、複雑な織りもできるものです。ちなみに、この高機は、いくつかの種類があり、同じ織り機でも、地方によって部分の名称や付属品の呼び方などに違いがある場合があるんだそうです。

こんな時の流れの中、織り手が『織り職人』とか『織り作家』と言う名で技術者として区別されるようになってきたのは、比較的最近のことなんです。『手織り』って、もともとごく一般の人が生活のために行っていたものなのですね。こう考えると、織りは手工芸の中でも、もっとも身近なもののひとつで、実際にやってみると、さほど難しいものではないと言うことなんです。もちろん、自由に思い通りに織るためには、それなりの技術や努力、また技法としても守らなければならない約束事があります。それを踏まえて楽しく手織りをを続けるためには、焦らずこつこつ行うことです。

手織りや手編みって、時間もかかり、面倒に思えるときもあるでしょう。でも、いろいろな手工芸って、忙しい生活の中で忘れかけていた何かを思い出させてくれる、そんな存在になるはずです。ちょっとゆがんだり、ちょっと不恰好だったり。。。でも、機械では作り出せない、温かみのある味わい深いものを生活の中に運んでくれるはずです。そんな作品に囲まれる生活って、とっても豊かなものだと思いませんか?そう考えると織りの世界にも、ぜひぜひ、挑戦したいものですね (^^)b

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